ABOUT JFPS

日本フットサル振興会とは、より多くの人にフットサルの魅力を知ってもらう事を目的とした団体です。

理事長メッセージ

相根 澄

幼少の頃よりフットボールに出会い、育てられ、フットサルと共にガムシャラに歩んできた半生。自分にとって多大な影響を与えてくれました。技術はもちろんの事、何にでもチャレンジし、失敗をする勇気、上手くいかないときには考えるという力、そしてまたチャレンジするという人間形成の基礎となる部分まで学ばせてもらいました。

中でも、一番成長するチャンスは読んで字の如く、試し合いを行う場、試合。その時に仲間と共にまとうユニフォームこそ、チャレンジする勇気となりました。そんな自分が、世界へチャレンジし強豪と戦ってきた経験をいかし、フットサル界に恩返しが出来ればと思っています。

日本フットサル振興会に関わる事で、フットサルの楽しさ、そして何かにチャレンジするキッカケにしてもらえればと考えております。

NPO法人日本フットサル振興会
理事長 相根 澄

活動理念

フットサルの『楽しさ』『素晴らしさ』『可能性』を伝える

現在フットサル愛好者がこれほど急増しているにもかかわらず、実際にトップレベルのプレーを生で見る機会というのは、驚くほど少ないのが現状です。 フットサル元日本代表選手や現役代表選手、現役Fリーグ選手、海外プレー経験者たちが全国に飛び 「トップレベルの本物のフットサル」を実際にプレーして見せることで、その素晴らしさや魅力を伝えます。

フットサルによる『青少年の健全育成』『社会貢献』『地域活性』

デジタル化/バーチャル世界への依存/核家族化/少子化/地域コミュニティの影響力低下などによる、 体力の低下、判断力の低下、没個性、マナー・社会性の低下、若年犯罪の増加等など、子供たちを取り巻く教育環境が社会問題化しています。 フットサルによる、子供たちの心身両面での健全育成を提案します。

フットサルによる人と人のコミュニケーション(交流)を提案

子供、大人、シニア世代、女性等など、老若男女を対象にイベント、フットサル大会、フットサルスクール、フットサル教室などを行うことによって、 そこに新たなコミュニティを生み出すことを提案します。 子供たちにとっては、対人関係の構築、コミュニケーション能力の向上、社会性向上、 表現力の向上、協調性の向上の手助けとなるはずです。

アスリートのセカンドキャリアをサポート

多くの選手達は現役時代から引退後の生活に多くの不安を抱えています。 それと同時に、引退後もフットサルに関わりたい、スポーツを中心に社会に貢献したい、そんな希望を多くの選手たちが持っていることも事実です。 しかし、残念ながら本当に望む環境で仕事ができるアスリートはほんの一部で、 大多数が引退後に自分たちの経験を役立てることができないまま生活を送っているのが現状です。 K9の活動を行うことにより、そんなアスリートたちの経験を役立てる、活躍の場を提供します。

メンバーのご紹介

相根 澄

理事長

相根 澄(さがね きよし)

1973年10月4日生まれ、京都府綾部市出身。幼稚園の頃に地元スポーツ少年団でサッカーを始める。 高校卒業後はJリーグを目指してJFLのチームでプレーしていたが、 サッカーの技術向上を目的に始めたフットサルで日本代表に選ばれたのをきっかけに本格的にフットサルに転向する。

2001年、イタリア・セリエAのチャンピーノへ移籍。日本人として初めてのセリエAプレーヤーとなる。1年目は出場19試合で8得点34アシストを記録するなど大活躍。日本では前線で相手を背負ってからの反転シュートを得意とするストライカーだったが、イタリアでのプレー後は献身的なディフェンスを身に着け、新しいプレースタイルを切り開いた。

2004年、アジア予選を勝ち抜きフットサルW杯出場を果たす。2006年には、プレデターで2度目の全日本選手権優勝に導いた。Fリーグではペスカドーラ町田でプレーしたが、1年目終了後の2008年3月に惜しまれつつも現役引退。

引退後は「フットサルをもっとメジャーにしたい」と多方面で活動中。元フットサル選手として初めてJFAアンバサダーに就任した他、JFAが行っているJFAこころのプロジェクト「ユメセン」にも参加。元選手の知識、経験を生かし、Fリーグのセントラル開催ではゲストコメンテーターを務めて見どころを提供している。また、2008年10月のフットサルW杯には日本代表テクニカルスタッフとしてチームに帯同、世界のトップレベルを肌で感じた。

そして2010年、フットサル界をより良くすることを目的にした「NPO法人日本フットサル振興会」を立ち上げ、全国各地でイベントやクリニックなどを開催。1人でも多くの人がフットサルに興味を持ってもらえるよう、精力的に活動を行っている。時代の先を読み、誰よりも先に未開地への第一歩を踏み出す「日本フットサル界のパイオニア」

中村 義昭

副理事長

中村 義昭(なかむら よしあき)
DJ ジャンボ

1966年10月7日生まれ。10歳でサッカーをはじめる。中学時代は三菱養和クラブ。高校時代は武南高校でプレイ。 フットサルとの出会いは中学3年生。サッカー歴41年、フットサル歴36年。今でもサッカー/フットサル現役プレイヤー。日本最古のシニアサッカークラブ「四十雀クラブ東京」オーバー50所属、しゃべりの仕事人。1991年より、ラジオパーソナリティーのキャリアをスタート。

現在は、サッカー中継の実況アナウンサーを中心にTV番組やCMのナレーター、ラジオDJ、MC、クラブDJ、スタジアムDJ等、幅広く活動中。 サッカー/フットサルの実況は年間300試合以上。Fリーグ・セントラル開催、オーシャンカップ、フットサル全日本選手権、 プレスカンファレンス、表彰式などでMCを務めるフットサル界MCの第一人者。

活動テーマは『スポーツと音楽の融合』

理事/事務局長

郡山 博文(こおりやま ひろふみ)

監事

石山 力(いしやま つとむ)

名誉顧問

新樂 智夫(にいら ともお)